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高知地方裁判所 昭和59年(ヨ)115号 決定 1984年9月10日

申請人

坂本憲昭

右代理人

横田聰

被申請人

島﨑澄夫

被申請人

株式会社穴吹工務店

右代表者

穴吹夏次

右両名代理人

田村裕

主文

本件仮処分申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

被申請人らは、別紙(一)記載1の土地(以下、「本件土地」という。)上に建築中の同別紙記載2の建物(以下、「本件建物」という。)について、右土地の北側境界線より南側五メートルの範囲における二階以上の建築工事をしてはならない。

二  申請の趣旨に対する被申請人らの答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  申請の理由

1  当事者

(一) 申請人

申請人は、本件土地の北側に隣接して別紙(二)記載1の土地(以下、「申請人宅敷地」という。)及び同地上の同別紙記載2の建物(以下、「申請人宅」という。なお、申請人宅及び申請人宅敷地を合わせて以下、「申請人方」という。)を所有し、同所に居住している。

(二) 被申請人ら

被申請人島﨑澄夫(以下、「被申請人島﨑」という。)は、本件土地の所有者である申請外島﨑秀彦(以下、「秀彦」という。)の長男であり、昭和五九年五月二日には本件建物について建築確認を得、その建築工事の施工を被申請人株式会社穴吹工務店(以下、「被申請会社」という。)に請け負わせたものである。

2  本件土地の地域環境

申請人宅敷地を含む本件土地周辺(以下、「本件地域」という。)は、都市計画法上住居地域に、また、建築基準法上準防火地域にそれぞれ指定されており、県立高知公園(以下「高知公園」という。)の北東に位置し、良好な環境を有する住宅地域である。

3  本件建物の建築による申請人の被害

(一) 住環境は、本来日照のみならず、採光、通風、圧迫感、プライバシーなどの各要因を総合考慮することにより、初めて決定されるものである。このうち、従来日照が右住環境決定の基準として特に重視されてきたのは、日照は、前述した他の要因とは異なり、一般的にみて、数量的把握が可能であるからにすぎない。

従つて、本件仮処分申請においても、本件建物がこれまで申請人の享受してきた前記諸要因に対していかなる侵害を与えることになるかが、検討の対象とされるべきである。

(二) 本件建物について

本件建物は、東西8.9メートル、南北約二七メートルの本件土地上にほぼ一杯に建てられる建物であり、境界線と外壁壁心との距離は東側が四〇センチメートル、西側が二五セソチメートル、北側が1.2メートルしかなく、これを境界線と外壁面との現実の距離でみれば、東側が二八センチメートル、北側が1.15メートル(但し、二階ベランダの北端と北側境界線との距離は二〇センチメートルである。)しかない。しかも、本件建物は、総二階陸屋根造のコンクリート製建物であるが、その基礎の高さは八〇センチメートルと異常に高いため、その高さは北側でも7.8メートルある。

(三) 本件建物による日影被害について

このような本件建物の建築によつて、申請人方では、無視できない日影被害を受けることになる。すなわち、申請人宅一階南側開口部(基準となる平均地盤面からの高さ(以下、「G・L」という。)1.5メートル)において、日影被害が最大となる冬至日を基準日とし、真太陽時の午前八時から午後四時までの八時間を有効日照時間帯(日照を受けるべき時間。以下の日影についてもこの八時間を基準とする。)として、右時間帯における本件建物の独自日影を測定すると、日影は四時間に達する。そして、同所のG・L四メートルにおける日影時間もこれとほど同様である。そして、これを冬至日において、G・L〇メートルでみれば、申請人宅敷地の南半分が三時間程度日影被害を受けることになる。

更に、申請人宅平家部分(以下「南側建物」という。)の南側開口部の中央部分(申請人宅敷地の西側境界から4.4メートル東寄りの地点。以下、「南側中心部」という。)においてG・L1.5メートルを基準とすれば、同所から眺める本件建物は、仰角約四六度、左右にそれぞれ約三五度にわたつて展開するため、申請人宅では、冬至日をはさんで前後約五〇日間は、南中時においても太陽を見ることができなくなる(なお、夏至日、春分及び秋分日並びに冬至日における高知市の南中時の太陽高度は、それぞれ、約八〇度、約五六度及び約三三度である。)。

(四) 本件建物によるその他の被害について

前述したように、本件建物は、申請人方に南隣する本件土地の東西の幅ほぼ一杯に建築されるものであるから、これによつて申請人の受ける採光、通風及び眺望に対する阻害並びに圧迫感は決して看過できない。

(五) 申請人側の事情について

そして、申請人の前記各被害は、次に述べる申請人側の個人的事情等をも合わせ考えるならば、受忍限度を超えるものである。

(1) 申請人は、昭和四二年一一月ころ、申請人宅敷地及び同地上に存在する南側建物の所有権を取得し、それ以後今日に至るまで同所に居住している。そして、昭和五〇年六月には、南側建物の北側に二階建の建物(申請人宅の付属建物。以下、「北側建物」という。)を新築している。現在、申請人宅敷地は、南側の公道に通ずる通路部分(以下、「本件通路」という。)を除けば、東西約10.8メートル、南北約19.8メートルの長方形の形状をしており、その南側は庭園、その北側は申請人宅としてそれぞれ利用されている。申請人宅のうち、南側建物は、申請人及び家族の生活の中核をなす部分であり、接客、申請人家族の生活及び申請人夫婦の寝室の用に供されている。また、北側建物の一階のほとんどは、申請人の妻である申請外坂本節の営む洋裁業の作業場として使用され、常時六名の針子が作業に従事しており、二階は、申請人の長男及び次男の勉強室と居室とに使用されている。南側建物の南側には二つの居室があるが、そのいずれにも床面から続く開口部があり(その東西の長さは、東側居室につき1.7メートル、西側居室につき2.8メートルである。)、南側からの日照を享受できるように設計されている。そして、本件土地の北側境界線(以下、「本件境界線」という。)と南側建物居室南端部との距離は、4.8メートルであり、右境界線と南側建物玄関南端部との距離は、2.8メートルである。

ところが、前述の規模の本件建物が申請人宅南側に建築されると、申請人は、生活の本処である南側建物における日照を奪われるだけではなく、申請人方南側に幅8.6メートル、高さ7.8メートルもの壁を建てられたのと同じ状況を作出されることになり、これによつて申請人の蒙る採光、通風及び眺望の阻害並びに圧迫感は重大である。

(2) また、本件建物は、その東側に接する本件通路によつて日照、採光、通風などの恩恵に浴するにもかかわらず、被申請人らは、申請人の受ける被害については全く顧慮することなく、本件建物を本件土地の境界線一杯に建築して申請人に重大な被害を与えようとするばかりか、その建築工事の際にも、本件通路を無断で使用しており、こうした被申請人らの不当な行為は、本件建物による被害及びその受忍限度を考える際には、十分考慮されるべきである。

(3) 複合被害について

現在の複雑な住宅環境からすれば、日照問題も周辺の土地を一帯として把握したうえで考慮しなければならず、とりわけ、複数者により受忍限度を超える日照妨害が生ずる場合には、その加功の割合に応じて責任を分担させるべきである。

ところで、本件建物によつて生ずる被害が前述した程度に止まつているのは、現在申請人方の西側隣地が空地であることによるが、将来同所に建物が建築されれば、本件建物と相まつて、申請人方に重大な複合被害を生じさせることは明らかである。

(六) これに対し、もし被申請人らが本件建物の位置又は屋根の形状を配慮すれば、同建物が申請人に与える被害を最小限に止めることが可能である。とりわけ、二階部分を本件境界線から五メートルの範囲で取り除けば、申請人宅における冬至日の前記日影被害を四時間から二時間に軽減させることができるし、また、本件建物北側部分の屋根に傾斜を付けることによつても、申請人の被害を軽減させることができる。

4  日照妨害に基づく差止請求の根拠

物権が物に対する支配権である以上、物の所有者は、これを直接的、排他的に支配、確保することができる。そして、不動産に対する所有権は、当然に、その住環境を確保することも権利の内容としているものと解すべきである。従つて、右住環境が受忍すべき限度を超えて侵害された場合には、当該不動産の所有者は、その所有権に基づいて右妨害を排除することが許容されるべきである。

ところで、本件建物による申請人方の日影被害等が受忍限度を超えるものであることは前述のとおりであり、他方、前述のように、本件建物のうち、本件境界線から五メートル以内の範囲で二階以上の部分の建築が行われなければ、申請人の受ける日影被害等は最少限度に止めることができる。

よつて、申請人方の所有者である申請人は、その所有にかかる土地に関する物権的請求権を根拠として、申請の趣旨記載の範囲において、本件建物の建築工事の続行の差止請求ができる。

5  以上のとおりであるから、申請人は、土地所有権に基づき、被申請人らに対し、本件建物による日影被害等の予防又は排除を求める訴えを提起する準備中である。ところが、被申請人らは現在本件建物を建築中であるから、このまま建築工事が続行されれば、本件建物は完成してしまい、申請人としては、後日勝訴判決を得ても回復することのできない損害を蒙ることになる。

6  よつて、申請人は、被申請人らに対し、申請の趣旨記載の裁判を求める。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由第1項の事実は認める。

2  申請の理由第2項のうち、本件地域が良好な環境を有する住宅地域であるとの点は争い、その余の事実は認める。

3  申請の理由第3項について

(一) 同項(一)の主張は争う。

(二) 同項(二)のうち、本件建物の基礎が八〇センチメートルであること及び二階ベランダと本件境界線との距離が二〇センチメートルであることは否認し、右基礎が異常に高いとの主張は争い、その余の事実は認める。

(三) 同項(三)のうち、G・L〇メートルを基準とすれば、申請人の主張するような日影被害が発生すること、南側中心では申請人の主張する期間、南中時の太陽が見られなくなること及び高知市における南中時の太陽の高度が申請人の主張のとおりであることは認め、その余は争う。

(四) 同項(四)の主張は争う。

(五) 同項(五)について

(1) 同冒頭部分の主張は争う。

(2) 同(1)前段のうち、申請人が申請人方を取得したときから今日に至るまでの経緯、本件通路を含む申請人宅敷地が申請人主張のような形状で、かつ申請人主張のように利用されていること、申請外坂本節が洋裁業を営んでいること並びに南側建物の南側に居室開口部及び玄関があることは認める。申請人宅の間取り及び使用状況は知らない。その余の事実は否認する。同後段の主張は争う。なお、本件境界線と南側建物居室南端部及び玄関との距離は、それぞれ約五メートル及び3.8メートルである。

(3) 同(2)のうち、本件通路が本件建物の東側に接することは認め、その余の主張は争う。

(4) 同(3)のうち、申請人方の西側隣地が空地であることは認め、その余の主張は争う。

(六) 同項(六)の主張は争う。

4  申請の理由第4項及び第5項の各主張は争う。

三  被申請人らの主張

1  本件仮処分申請に至る経緯

(一) 被申請人島﨑の実父である秀彦は、昭和三九年一〇月に本件土地を取得し、被申請人島﨑は、昭和五〇年五月ころ、同地上に店舗兼居宅二階建(以下、「本件旧建物」という。)を建築し、それ以降同所に居住しているものである。

その後、同人は、本件旧建物を取り壊して同じく二階建の本件建物を新築することを計画し、昭和五九年五月二日に建築確認を得た。

(二) ところで、被申請人島﨑は、昭和五七年ころ、申請人から申請人宅敷地を買わないかとの申し入れを受けたので、これを買い取る方向で交渉をしていた。ところが、申請人は、代替地を捜しあててから最終的に決定するといつたまま、今年に至るまで約二年間が経過したものの、一向に具体化する様子がなかつたので、被申請人島﨑は、昭和五九年四月ころ、申請人に対し、本件土地上に本件建物を新築する旨の意思を伝えたところ、申請人はこれを了承した。そこで、被申請人島﨑は、本件建物の建築に取りかかることとし、その設計を申請外株式会社小谷設計(以下、「小谷設計」という。)に、また、その施工を被申請会社に、それぞれ請負わせた。

(三) 本件建物の建築にあたつては、施工業者である被申請会社担当者及び小谷設計の申請外小谷国宏所長が、昭和五九年五月九日からあいさつ回りを含めて申請人との交渉に当たつた。

当初は、被申請会社において、申請人に対し、建築用の足場を組むために本件通路の一部を使用させてもらうことを要請したが、申請人は、本件建物の建築のために本件通路を使用することは絶対に禁止する旨明言し、その後、作業員が本件土地を超えて身体又はハンマーの一部を本件通路に出したことを口実に、これを叱責したりした。更に、申請人は、同年六月二八日には、「境界からはみ出て作業したら一回一〇万円もらう。」等の脅迫的言辞を吐くに及んだ。

また、申請人は、交渉の経過の中で本件建物の二階北側ベランダに目隠しを付けること及び二階北側和室の一部を南側に寄せること等の設計変更を要求したため、被申請人らはこれらについて検討の結果、目隠しを付けることについては了承したものの、二階北側和室を設計変更することはできないとの意向を申請人に伝えた。

(四) こうして、申請人と被申請人らとの間の話し合いは同年七月五日に最終的に決裂し、申請人は、同月一〇日付けで本件仮処分申請に及んだ。

2  本件土地の地域性

本件土地は、高知市のほぼ中心部に位置する高知公園の北東部に隣接した地域であり、その北側には四階建の高知女子大学高知短期大学学生会館が、東側には申請外一柳宅をはさんで四階建の追手前ビジネスホテルが、西側には四階建のマンションである永国寺ハイツが、更に、南側道路をはさんで南側には天理教高知大教会及び土佐女子高等学校講堂がそれぞれ建築され、周辺においても三ないし四階建の建物が多く見られる。このように、本件地域は、今後も中高層建物が増加することが十分予想される地域であり、本件建物のような二階建の建物はむしろ少なくなつている。

ところで、本件地域は、商業地域に隣接した住居地域であるが、この住居地域は、住宅地の中でも最も用途規制の緩やかな地域であり、その内容は、近隣商業地域に近似し、ホテル、ボーリング場、パチンコ店等を含む地域商業施設を設けることすら可能な地域である。また、本件地域が準防火地域に指定されているということは、今後とも耐火建物等、すなわち、コンクリート造建物等の建築の増加が予想される地域であるということになる。

3  本件建物による被害

(一) 本件建物について

本件建物は、鉄筋コンクリート造二階建の建物であり、その高さは、建物北側で7.8メートルある。なお、本件地域は、前述のとおり準防火地域であり、建築基準法上、建物の外壁が耐火構造の場合には、その外壁を隣接境界線に接して設けることができるにもかかわらず、本件境界線との間には1.2メートルもの間隔を置くなどの設計上の工夫を加えている。また、本件建物は、本件旧建物の建て替えでこれと同様二階建であり、高さ6.5メートルであつた同建物よりも若干建物の高さは高いものの、前述した本件地域の中にあつては、むしろ小規模の建物である。

(二) 本件建物による日影被害について

本件建物が申請人に及ぼす日影被害は、次のとおりである。

(1) 冬至日においてG・L1.5メートルを基準とすれば、申請人宅敷地の南側三分の一、本件境界線から約五メートルの範囲内の土地に一部日影の影響を与えるものの、右境界線から五メートルを超える範囲の土地に対しては、全く影響を及ぼさない。

(2) 仮に、冬至日においてG・L〇メートルを基準としても、その日影被害は、申請人宅敷地の南側半分に対し、約三時間程度の被害を与える程度である。

(3) 更に、北側建物の二階南側開口部においては、G・L〇メートル、1.5メートル及び四メートルのいずれの基準によつても、本件建物による日影の影響は、全く認められない。

(三) 日影被害と受忍限度について

建築基準法は、住居地域において、建築物の高さが一〇メートルを超える建物については、冬至日の午前八時から午後四時までの間にG・L四メートルを基準とし、敷地境界線からの水平距離において一〇メートル以内の範囲で四又は五時間、一〇メートルを超える部分の範囲で2.5又は三時間の日影規制をしている(同法五六条の二、同法別表第三)。しかしながら、本件建物の高さは、前述のように、その北側において7.8メートルであるから、そもそも右日影規制の適用を受けるものではない。

また、仮に本件建物が一〇メートルの日影規制の適用を受けるものとしても、前示の申請人方における日影被害は、なお、右規制所定の日影時間の範囲内にある。また、G・L1.5メートルを基準とした日影時間は、本件旧建物によるそれとほとんど変わらない。更に、G・L〇メートルを基準として日影被害を考えたとしても、前述のとおり、申請人の日影被害は、なお、受忍限度を超えるものではない。

(四) その他の被害について

本件において申請人の主張する採光、通風及び眺望の阻害については、そのような被害が現実に存在するのかどうか、仮に存在するとして、その程度がどれ位であるのか、また、本件建物の右被害に対する寄与度がどれ位であるのかという点についての疎明を欠いている。

また、申請人の主張する圧迫感についても、個々具体的な人によつて受ける感覚が著しく異なり、客観的材料を求めることができない。従つて、このような主観的な感情にも等しい主張によつて建築禁止という所有権行使に対する極端な制限を認めることはできない。

よつて、申請人の主張する採光、通風及び眺望の阻害並びに圧迫感を理由として、本件建物の建築を差し止めることはできない。

(五) なお、申請人は、本件建物による独自日影のほかに、他の近隣建物による複合被害のおそれについて主張するが、この点については、あくまでも建築基準法五六条の二第二項の趣旨に照らし、土地の高度利用と日照確保という相対立する利害得失を総合考慮しなければならない。ところが、本件では回りに十分なオープン・スペースが確保されているのであるから、こうした複合日影論によつて本件仮処分申請を正当化することはできない。

(六) 以上のとおりであるから、本件建物が申請人に与える日影等の影響は、何ら受忍すべき限度を超えるものではない。

4  保全の必要性について

(一) 本件仮処分申請は、昭和五九年七月一〇日付けで行われたものであるが、同日現在の本件建物は、一階基礎部分が完成し、一階外壁型枠が設置された状況にあり、翌一一日には、右型枠にコンクリートを流し込み、コンクリート打ちが完了している。

従つて、もし、このように建物建築工事が相当進んだ段階で本件仮処分申請が認容され、本件建物の建築を禁止されることにでもなれば、被申請人らの受ける被害は、計り知れないものとなる。

(二) また、申請人は、本件建物による日影被害等を理由に本件仮処分申請をしているが、その真意とするところは、前述した申請人宅敷地の売買交渉もしくは、以前秀彦において、本件土地の東側部分を幅員二〇センチメートルにわたつて申請人に分割譲渡した際の交渉の経緯又はそのときの申請人から秀彦に対して交付された金員の金額等を理由とする同人又は被申請人島﨑への個人的な不満又は意趣を晴らそうとするものであるとも解されないわけではない。

(三) よつて、これらの事情に照らすならば、本件仮処分申請が認容されることによつて被申請人らが受ける損害は、これによつて申請人の享受する利益と比べてはるかに大きいといわねばならないから、本件仮処分申請は、保全の必要性をも欠く。

5  結論

以上のとおり、本件仮処分申請は、その被保全権利も保全の必要性をも欠くものであるから不適法であり、却下されるべきである。

四  被申請人らの主張に対する認否

1  被申請人らの主張第1項について

(一) 同項(一)のうち、被申請人島﨑が本件旧建物を建築した時期は否認し、その余の事実は認める。

(二) 同項(二)のうち、被申請人島﨑が本件建物の施工を被申請会社に請負わせたことは認め、その余の事実は否認する。

(三) 同項(三)のうち、申請人において被申請会社が本件通路を本件建物の建築のために使用することを申し出、申請人がこれを拒絶したことは認め、その余の事実は否認する。なお、申請人が本件通路の使用を拒絶したのは、被申請会社が本件通路を申請人に無断で建築資材の置き場にしたり、建築工事に従事する労務者が本件通路を休息所としたりしたからであり、申請人は、この点につき、何度も被申請人らに善処方を要請したにもかかわらず、一向に改善されなかつた。

(四) 同項(四)の事実は認める。

2  被申請人らの主張第2項のうち、本件土地が高知公園の北東部に隣接し、その周辺に被申請人ら主張の建物が建築されていること、本件地域が住居地域及び準防火地域に指定されていること、本件地域が商業地域に隣接した住居地域であること並びに建築基準法上は住居地域にホテル、ボーリング場及びパチンコ店を設けることが可能であることは認め、その余は争う。

なお、被申請人らの主張する周辺建物のうち、永国寺ハイツを除く他の建物は、日影規制を定めた改正建築基準法(昭和五一年一一月一五日法律第八三号)の施行された昭和五二年一一月一日以前に建築されたものである。また、今日では、周辺住民の同意を得ずに住居地域にホテル及び遊戯場を建築することは、事実上不可能である。

3  被申請人らの主張第3項について

(一) 同項(一)のうち、本件建物が鉄筋コンクリート造二階建の建物であり、その高さは北側で7.8メートルあること、本件建物と本件境界線との間に1.2メートルの間隔があること及び本件旧建物も二階建であつたことは認め、その余は争う。なお、本件旧建物は、木造二階建であつたものの、その北側7.24メートルは、平家建であつた。

(二) 同項(二)の(1)の主張は争う。同(2)のうち、日影被害が被申請人らの主張のとおりであることは認め、その余は争う。同(3)の主張は争う。

(三) 同項(三)のうち、建築基準法がそのような日影規制をしていることは認め、その余の主張は争う。なお、同法所定の日影規制は、日照侵害に対する許容性を判断する際の一つの基準にすぎないと解すべきであるから、これに全面的に依拠することは、きわめて危険である。

(四) 同項(四)ないし(六)の各主張は争う。

4  被申請人らの主張第4項について

(一) 同項(一)のうち、本件仮処分申請が昭和五九年七月一〇日付けで行われたものであることは認め、その余は争う。

(二) 同項(二)のうち、申請人がそのような主張をしていること、秀彦が本件土地の東側部分を幅員二〇センチメートルにわたつて申請人に分割譲渡したこと及びその際申請人が秀彦に対して金員を交付したことは認め、その余は争う。なお、秀彦は、本件通路の幅員が従前から二メートルあつたにもかかわらず、「通路は1.8メートル幅しかないが承知しているか。」と虚偽の事実を申し向け、その結果、これを信じた申請人は、秀彦との間で申請人敷地の一部と前記二〇センチ幅の土地とを交換し、更に、その際五〇万円を同人に交付した。但し、この事実が判明したのは本件仮処分申請後である。申請人は、被申請人島﨑が申請人に及ぼす被害を全く顧慮せず本件建物の建築を開始し、更に、本件通路を無断で被申請会社等に使用させていたところから、本件仮処分申請に踏み切つたものである。

(三) 同項(三)の主張は争う。

5  被申請人らの主張第5項の主張は争う。

理由

一申請の理由第1項の事実(当事者)は、当事者間に争いがない。そして、<証拠>を総合すれば、一応次の事実が認められる。

1  当事者

(一)  申請人は、昭和四二年一一月ころから本件土地の北側の申請人方を所有し、同所に居住して今日に至つている。なお、その間昭和五〇年六月には北側建物を増築している。

(二)  被申請人島﨑の父である秀彦は、昭和三九年一〇月に本件土地を取得し、昭和五〇年に同地上に本件旧建物を建築したが、被申請人島﨑は、右建物を取り壊して本件建物を新築することを計画し、昭和五九年五月二日に同建物に関する建築確認を得、その建築工事の施工を被申請会社に行わせたものである(以上、(一)及び(二)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。)。

(三) なお、本件土地周辺の状況は、別紙(三)記載のとおりである。

2  地域性

本件地域は、高知市のほぼ中心部に位置する高知公園の北東部に隣接した地域であり、都市計画法上の住居地域及び建築基準法上の準防火地域にそれぞれ指定されており(以上は、当事者間に争いがない。)、現在は、学校、事務所及び住宅が混在している。もつとも、本件地域のほぼ五〇〇メートル以内には、高知県庁、高知市役所、高知県立中央保健所などの官公署又は公共施設があり、また、約二〇〇メートル東側及び南側の各地域は商業地域に指定されているため、本件地域についても近年は土地の高度利用化が進み、本件土地のごく周辺においても、別紙(四)記載のとおり、三階建以上又はそれに匹敵する高さの建物が見られる(このうち、同別紙記載1、2及び7については、建物の名称、階数及び位置において当事者間に争いがなく、同5については、階数を除き、また、同6については階数及び位置を除き、それぞれ当事者間に争いがない。)、今後も中高層建物が増加することが予想される。そして、住宅についても二階建が多くなつている。

ところで、建築基準法は、中高層建築物による日照阻害を規制するために、建築物の高さを規制しているが、住居地域については、高さが一〇メートルを超える建築物が冬至日の真太陽時の午前八時から午後四時(北海道では午前九時から午後三時)までの間に、平均地盤面からの高さ(当該建築物が周囲の地面と接する位置の平均の高さにおける水平面からの高さ)四メートル(G・L四メートル)において、敷地境界線から五メートルを超える範囲に同法別表第三の三記載のとおり、2.5ないし5時間(北海道では二ないし四時間)の範囲内で、地方公共団体が条例で指定する時間以上日影を生じさせる部分を生じてはならない旨規制している(同法五六条の二第一項、同法別表第三)。

そこで、これを本件地域についてみるのに、同地域は、前述のように住居地域に指定されており、建築基準法五六条の二第一項所定の日影規制に関する条例としては、高知県建築基準法施行条例(昭和四七年七月一四日高知県条例第三〇号)が制定されているが、同条例三二条の二によれば、高知県では、建築基準法別表第三の(に)欄については、(二)が適用されることになる。

3  本件建物建築に至る経緯

(一) 前述したように、本件建物は、本件旧建物を取り壊して新築されたものであり、その規模は別紙(五)に、また、その構造の概要については別紙(六)に、それぞれ記載のとおりである。そして、建ぺい率は59.2パーセント、容積率は114.7パーセントである。

(二)  被申請人島﨑は、本件建物の設計を小谷設計に、建築工事の施工を被申請会社にそれぞれ依頼し、昭和五九年五月二日に建築確認を得たため、同月一一日には起工式を行つた(被申請人島﨑が本件建物の施工を被申請会社に依頼したこと及び昭和五九年五月二日に建築確認を得たことは、当事者間に争いがない。)。

(三)  ところで、被申請会社は、本件建物の建築工事に着手するのに先立ち、同月九日には、申請人方を含めた本件土地周辺の住民方を訪れ、右建築工事期間中の協力を求めたが、右建築工事開始後まもなくして、本件建物建築用の足場を構築する等のために本件通路を使用する必要が生じたので、同月二九日以降更に、申請人に対し、本件通路の使用方を申し入れた。ところが、申請人は、建築作業員の中に本件通路上で休憩する者がいること等を理由にこれを拒絶するとともに、本件建物について設計変更を要求した(被申請会社が申請人に対して本件通路の使用方を申し入れたこと及び申請人がこれを拒絶したことは、当事者間に争いがない。)。

そこで、被申請会社は、これらの点につき、申請人との間で交渉を継続したが、その席上、申請人は、本件通路の使用を拒絶する姿勢は変えず、更に、被申請人らに対しては、本件建物につき、二階北側ベランダ部分に目隠しを付けること及び二階北側の和室の一部を南側に移動させることを要求して譲らなかつた。なお、こうした交渉の経過中、被申請会社は、建築現場における申請人との紛争を防止するために、同年六月一八日には改めて関係業者に対し、本件通路上を歩いたり、同所に物を置いたりしないようにとの指示を行つている。

その後、同年七月三日には申請人宅において申請人と被申請人らとの間で最終的な交渉が行われたが、被申請人島﨑が二階ベランダ部分に目隠しを付けることに同意したものの、二階和室の設計変更を拒絶した結果、同月五日には、申請人も被申請人島﨑の右提案に同意できない旨の意思表示をし、話合いは物別れに終わつた(話合いが同月五日に物別れに終わつたことは、当事者間に争いがない。)。

(四)  そして、申請人は、同月一〇日に本件仮処分申請をした(この点は、当事者間に争いがない。)が、この時点には、本件建物は、一階基礎部分が完成し、一階外壁型枠が設置された状況にあり、翌一一日には右型枠にコンクリートを流し込む作業が行われ、コンクリート打ちも完了している。なお、本件仮処分申請の申立書が被申請会社に送達されたのは同月一二日であり、被申請人島﨑に送達されたのは同月一六日である(右送達の点は、当裁判所に顕著な事実である。)。

4  本件旧建物による影響

本件旧建物は高さ6.5メートルの鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺二階建の店舗兼居宅であり、その床面積は、一階が134.75平方メートル、二階が103.73平方メートルであつた。そして、その一階における建物の配置は本件建物とほぼ同様であつたが、北側の東西8.13メートル、南北7.24メートルの部分は、平家建であつた。

なお、本件旧建物の独自日影は、G・L1.5メートルを基準とすれば、冬至日においては、南側中心部では全く日影を生じず、南側建物の玄関部分の中心部分(以下、「玄関中心部」という。)では、午後一時一五分ころから午後四時まで日影を生じていた。そして、本件境界線から五メートルを超える範囲の部分には、一部、最大限一時間以内の日影を生ずる所があつた。

5  申請人の被害

本件建物が完成すれば、申請人は、次のとおりの被害を受けることになる。

(一)  日影被害

(1) G・L〇メートルを基準とすれば、冬至日においては、南側中心部で午前九時四五分ころから午後二時少し過ぎころまで、また、玄関中心部で午後零時三〇分ころから午後四時まで、それぞれ日影を生じる。しかしながら、本件境界線から五メートルを超える範囲では、南側中心部以上に日影の生ずる所はほとんどなく、こうした地点においても、南側中心部との日影時間の違いはほとんどない。そして、北側建物の所在する地点では全く日影を生じない。

(2) G・L1.5メートルを基準とすれば、冬至日においては、南側中心部で午前九時三〇分少し過ぎころから午後二時ころまで、また、玄関中心部で午前一一時三〇分少し前ころから午後四時まで、それぞれ日影を生じる。しかしながら、本件境界線から五メートルを超える範囲では、南側中心部以上に日影の生ずる所はほとんどなく、こうした地点においても、南側中心部との日影時間の違いはほとんどない。北側建物の所在する地点では全く日影を生じない。

(3) G・L四メートルを基準とすれば、冬至日においては、南側中心部で午後九時四五分ころから午前一一時ころまで及び午後一時少し過ぎころから午後二時少し過ぎころまで、また、玄関中心部で午前一一時三〇分少し前ころから午後四時まで、それぞれ日影を生じる。しかしながら、本件境界線から五メートルを超える範囲では、南側中心部以上に日影の生じる所はほとんどなく、こうした地点においても、南側中心部との日影時間の違いはほとんどない。そして、北側建物の所在する地点では全く日影を生じない。

(4) その他、G・L1.5メートルを基準とすれば、南側中心部では、冬至日をはさんだ前後約五〇日は、南中時の太陽を見ることができなくなる(この点は、当事者間に争いがない。)。

(二)  その他の被害

本件建物による通風及び採光に対する阻害並びに圧迫感については、これを認めるに足りる疎明がない(なお、本件建物によつて南中時の太陽が見られなくなるという点は、前述のとおり、日影被害の一つとして考慮した。)。もつとも、本件建物は、申請人宅側からみれば、高さ7.8メートルであり、南側中心部及び玄関中心部と本件境界線との距離がそれぞれ約五メートル及び約3.8メートルであること並びに本件建物の東西の幅が8.25メートルであることに照らすならば、南側建物からの眺望は幾分害されるものと認められる。

二そこで、右認定の事実を前提として、本件建物による日影被害等が申請人の受忍限度を超えて違法であるかどうかを検討する。

1  申請人は、その所有する土地についての物権的請求権を被保全権利として、本件建物の建築の差止め及び設計の変更を請求しているところ、右請求権がどのような要件の下でいかなる限度において認められるのかはともかくとして、自らの所有地に建築物を建築することが本来所有権の範囲に属し、所有者において原則として自由に行える行為であることに照らすならば、事前に右建築の差止め等が認められるためには、本件建物の建築によつて申請人がこれまで享受してきた日照等が侵害され、しかも、右侵害が単に社会生活上一般に受忍すべき限度を超えた(この場合には、金銭賠償により満足されるべきである。)というに止まらず、右受忍限度の逸脱が特に著しいと認められるほどに違法性の強い場合であることを要するものと解すべきである。よつて、以下、本件においてこの点を検討する。

2  日影被害について

(一)  本件建物は、その高さが一〇メートルを超えるものではないから、そもそも建築基準法に定める日影規制の対象とはならない。また、仮に、その高さを実質的に一〇メートルを超えるものと同じように評価したうえで、同法五六条の二第一項所定の日影規制を検討しても、いわゆる五時間日影規制に合致している(この場合のG・Lは四メートルである。)ことは明らかである。よつて、本件建物は、建築基準法上の日影規制には合致し、その点における違法はない。

もつとも、同法所定の日影規制は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする同法の目的(同法一条)に合致するような一応の社会的規準を行政の側面から画一的に定めたものであるから、右日影規制に適合したからといつて、それだけで直ちに当該建物に対する工事の差止め又は損害賠償責任を免れることにならないことは、明らかである。しかしながら、右規制は、市街地を低密な住宅地、中高層化の進んでいる住宅地などに区分したうえで、右区分ごとに、それが現在享受している日照量及び都市の立体化の程度などについての現状と将来の計画とを勘案して社会的合意の得られる水準を想定したうえで、当該区域に必要な日照量を定め、更に、その細部については、当該区域の所属する地方公共団体において、その地方の気候及び風土並びに土地利用の状況等を勘案して定める条例に委ね(同法五六条の二第一項)、もつて、日影を規制しようとするものである。そして、こうした規制は、その範囲内における私権の行使に一応の社会的妥当性を持たせ、その限りにおいて、これを私権の行使の適法性判断の一要素たらしめ、更に、右基準に適合する建物が当該市街地内に建築されることによつて、将来における当該市街地の健全な発展と秩序ある整備が図られることを期待したものであると解される。従つて、この点に照らすならば、当該建物が同法所定の日影規制に合致していることは、これによる日影被害が被害者の受忍限度を超えるかどうかという受忍限度の判断に当たり、一つの重要な判断要素となると解するのが相当である。

(二)  また、前記認定の現実の被害を前提としても、申請人宅の日影被害は、冬至日においてもそれ自体軽微である。なお、南中時の太陽光を得ることができないという被害も広い意味では日影被害の中に包含されるものと解するが、この被害についても、前記当事者間に争いがない高知市における太陽の南中高度(申請の理由3項(二))に照らすならば、一年を通じての被害は軽微である。

(三)  よつて、この程度の日影被害が存在するからといつて、直ちに本件建物の建築の差止めを求めることができないことは、明らかである。

3  その他の被害について

前述のように、本件建物が建築されることによつて申請人の受ける通風及び採光に対する阻害並びに圧迫感については、その存否を明らかにすることはできない。また、眺望阻害についても、本件建物の状況、同建物の所在地には以前に本件旧建物が存在していた事実及び本件地域の現状を考慮するならば、前記被害は、いまだ社会生活上一般に受忍すべき限度を著しく逸脱したものとは認めることができないから、申請人が前記被害を主観的にどのように受け止めるかは別として、この程度の被害が存在することをもつて、直ちに本件建物の建築の差止めを求めることはできないというべきである。

4  更に、前記疎明事実によれば、被申請人らは、申請人との間でほぼ一か月余にわたり交渉を継続し、その間にできるだけ申請人の納得が得られるよう、本件建物の一部の設計変更をも含め、それなりの誠意を尽したことも認められる。

5  よつて、前記2ないし4の各事情に本件地域の現状、本件土地上には従前から本件旧建物が建築されており、既に幾分かの日影被害の生じていた事実(なお、前記疎明事実によれば、本件旧建物による日影被害が建築基準法所定の日影規制に違反するものでなかつたことは、明らかである。)及び本件仮処分申請当時は、既に本件建物の建築に着手後約二か月が経過しており、前述のように、既に本件建物の基本的な部分の工事が完了していることその他諸般の事情を総合考慮するならば、申請人宅における前記被害及び申請人の個人的事情を最大限考慮しても、本件建物の建築によつて申請人が受ける日影被害等は、いまだ社会生活上一般に受忍すべき限度を著しく逸脱したものとは認められないというべきである。

6  申請人のその他の主張について

(一)  なお、申請人は、仮に、本件建物によつて申請人方が現在受ける被害が軽微であつたとしても、現在は空地である申請人宅敷地の西隣の土地上に中高層建築物が建築されれば、これと本件建物とによつて、申請人方に重大な複合被害を生じさせることが明らかであるから、このような複合被害も受忍限度判断の要素として考慮されるべきである旨主張する。

しかしながら、こうした複合被害がどのような要件の下でいかなる限度において受忍限度判断の要素として考慮されるかはともかくとして、少なくとも右被害を考慮するためには、問題となる他の建物による日影被害等が現実に存在し、又は近い将来においてこれが具体化される高度の蓋然性が存在することが必要であると解すべきところ、本件においては、前記空地上に近い将来中高層建築物が建築される可能性が存在することを認めるに足りる疎明はなく、結局、申請人が主張するような複合被害の有無及びその程度は、現時点では全く不明であるといわなければならないから、申請人の前記主張は、その前提を欠くものとして、理由がない。更に、前記空地が申請人方の西側に位置していること(この点は、当事者間に争いがない。)及び本件建物による被害が前述した程度に止まつていることを考慮するならば、仮に、これらの事由が存在するとしても、これをもつて直ちに本件建物の建築の差止めを求めることは、できないというべきである。

(二)  次に、申請人は、被申請人島﨑において、自らは本件通路によつて、日照、採光、通風の便宜を得ておきながら、本件建物を申請人宅敷地にほとんど接近させて建築するなど申講人の被害を全く顧慮していないことを受忍限度判断の要素として考慮すべきである旨主張する。

しかしながら、本件において被申請人島﨑がことさら申請人に対し、その日照等を侵害する意思をもつて本件建物を建築したことを認めるに足りる疎明はない。もつとも、現在、申請人と被申請人島﨑との間で、以前秀彦が申請人に対して本件通路の一部を譲渡した件についての紛争が存在することが疎明資料によつて認められるものの、他方この問題が顕在化したのは本件仮処分申請後であり、これを明確な問題としたのは申請人の側であることが認められるから、これをもつて、本件建物の建築着手当時に被申請人島﨑において申請人に対する害意を有し、これに基づいて本件建物の建築を開始したことを推認することはできない。また、申請人は、被申請人島﨑において本件建物を本件土地の境界線にほぼ一杯に建築したことの非を主張するが、前述のとおり、本件地域は準防火地域に指定されており、同地域では、耐火構造のものであれば、建築物の外壁を隣地境界線に接して設けることもできる(建築基準法六五条)ところ、本件建物東側、西側及び北側の各外壁壁心と隣地境界線との間にそれぞれ四〇センチメートル、二五センチメートル及び1.2メートルの各間隔があることは当事者間に争いがないのであるから、この点についても、本件建物には違法はない。

よつて、申請人の右主張は、その前提を欠くものであるから、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

(三)  更に、申請人は、本件建物の構造についての設計変更の容易性等をも受忍限度判断の要素として考慮すべきである旨主張するが、このような変更が容易であるとの疎明はないうえ、本件建物による被害が前示の程度に止まる本件においては、仮にこれらの事実が認められるとしても、これをもつて受忍限度を著しく逸脱したものと判断することはできないというべきである。

(四)  従つて、申請人の前記(一)ないし(三)の各主張は、いずれも理由がない。

三結論

以上のとおり、本件仮処分申請は、結局その被保全権利について疎明がないことに帰するところ、本件においては、疎明に代る保証を立てさせて右申請を認容することも相当でないと認められるので、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(田中敦)

別紙(一)

1 高知市永国寺町一三一番

宅地 231.58平方メートル

2 右1所在

鉄筋コンクリート陸屋根造二階建居宅

床面積 一階 137.10平方メートル

二階 128.54平方メートル

別紙(二)

1 高知市永国寺町一三〇番

宅地 263.90平方メートル

2 同市永国寺町一三〇番地所在家屋番号 一三〇番

木造瓦亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅

床面積 82.42平方メートル

付属建物

符号1 木造スレート葺二階建居宅

床面積 一階 45.50平方メートル

二階 45.50平方メートル

別紙(三)

別紙

(四)

建物の名称

本件土地からの方向

1

追手前ビジネスホテル

2

永国寺ハイツ

西隣

3

高知県立消費生活センター

西

4

高知県信用保証協会

四(東側)

西

5

天理教高知大教会

南隣

6

土佐女子高等学校講堂

南東

7

高知女子大学高知短期大学学生会館

8

高知県老人福祉センター

北西

なお、6の建物は、実質的には三階建の建物の高さがある。

別紙

(五)

構造

床面積

(平方メートル)

延床面積

(平方メートル)

建築面積

(平方メートル)

高さ

(メートル)

鉄筋コンクリート

陸屋根造

二階建居宅

一階

二階

265.64

137.10

北側

南側

137.10

128.54

7.8

8.1

別紙(六)<省略>

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